前回に続き、伊勢・南紀旅行の記事になります。
伊勢から和歌山県・新宮へ
麻吉旅館からはタクシーで最寄りの宇治山田駅へ移動し、そこからは近鉄線で松阪駅まで。
今日はここからJRの特急南紀に乗って、一気に和歌山まで南下する。
松阪から和歌山の新宮までは、特急で行っても2時間以上掛かる距離である。
構内にある老舗の駅弁屋・あら竹で弁当を買って車内で食べることにした。
名物の元祖特選牛肉弁当は、少々値は張るものの流石の美味しさだ。
薄切りにされた肉はとても柔らかく、良く絡んだ醬油ベースのタレも食欲をそそる。
言うまでもなくビールとの相性は抜群である。
こちらがもう一つの名物であるモー太郎弁当。
リアルな牛の顔の弁当箱もユニークだが、蓋を開けると…
・・・容器から童謡の「ふるさと」の曲が流れてくる(笑)
実はこれは蓋の裏にセンサーがあり、それが光を検知すると音が流れてくるという仕組みになっているものだ。
列車内ということもあり、自分らは音が鳴らぬよう蓋を裏返して食べてしまったのだが(笑)
それ自体がおもちゃのようで面白い品だと思った。
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新宮駅に到着して外に出ると、空模様はあいにく灰色の曇り空だった。
新宮では少し観光する時間があったので、熊野三山の一角・熊野速玉大社にお参りをした。
この時はいまにも降ってきそうな感じだったのでバスを使って行ったが、駅から歩いても15分位で着く距離である。
入口の朱塗りの太鼓橋を越えて、境内の奥へと進んでいく。
周囲には緑が深く茂っていて、市街地に囲まれているのに森の中のような感じがする。
手水舎で人々を迎えているのは、長い鼻(?)をたたえた竜の像。
かすかに残っている黄色い部分は、もともとの色彩を示すものだろうか。
こちらの社における主奉神は、古事記神話にも登場するイザナギおよびイザナミ。
紀伊半島に点在する他の史跡と共に、世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』を構成する一角でもある。
神門をくぐったところにある本宮。梅雨の空気を帯びた、しっとりとした雰囲気が漂う。
本宮の左右には境内を取り囲むように朱色の壁の通路が伸びているのだが、これが背後の新緑によく映えて綺麗だった。
参拝を終えるころには徐々に雨足も強まってきていたので、本降りになる前バスで駅へと戻り始めた。
速玉大社は旅行本などでは(他の熊野三山の社に比べて)あまり大きく特集されていないような気もするが、静かな森の中に佇むような、落ち着いた境内の雰囲気はなかなか素敵だった。
開湯1800年の歴史を誇る湯垢離場・湯の峰温泉
新宮駅からバスに乗って山道を走ること約一時間。
山はどんどん深まっていき、車窓から時折見える川は曇り空のもとでも翠色の輝きを放っている。
やがて硫黄の香りと共に視界が開けてきたと思ったら、川沿いにこじんまりと広がる湯の峰温泉の全容が見えてきた。
湯の峰温泉はかつて熊野詣に通った旅人たちが穢れを落とす湯垢離(ゆごり)場として、古来から親しまれてきた温泉地である。その開湯は1800年前にまで遡るそうで、日本最古の温泉と言われている。
こじんまりとした温泉街は、少し歩けば反対側に着いてしまう位のサイズ感だ。
温泉街の奥で川べりに面して立つこちらの湯小屋が、湯の峰温泉のシンボルであるつぼ湯である。こちらは夜と朝の二度入ったので、後ほどあらためて紹介する。
なお湯の峰温泉には遅くまで空いている売店が無いので、なにか買いたければ夕方ごろまでには調達しておいた方がいいだろう。
買い物も済ませたので、いよいよ宿へとチェックイン。
本日の宿は木造の外観が素敵なこちら、御やど くらや。
こちらはほぼ温泉街の中心部に面しており、どこにも行くにも便利な立地だ。
スロープを登り切ったところから温泉街の景色を望む。
館内は全体的にレトロな雰囲気である。泊まったのは2階にある角部屋。
ここまで移動が長かったこともあり、宿に着いたらなんだかホッとしてしまった。
荷物を整理してしばしの休憩タイムへ。年々体力が低下しているので、要所要所でこういった時間を挟まなければ後に響いしまう。
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部屋で休んだ後はお待ちかね、夕食の時間である。食事は他の宿泊者と一緒に、一階の和室で頂くことになる。
メニューは全体的に素朴な家庭料理といった雰囲気。地のものがふんだんに使われていて、めはり寿司などの郷土料理も味わうことができる。
綺麗な色をしたマグロのお刺身。もちもちとした食感で、まったく臭みが無い。
川魚や、豚と野菜の焼き物などの定番料理も。
初めに見たときはちょっと少ないかも?と思ったが、ビールや日本酒を飲みつつ料理を平らげていくうち、いつのまにかお腹一杯になっていた。全体的にやさしめの味付けなので、多少好き嫌いがある人でも食べきれると思う。
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夕食を終えてなんとなく酒も抜けてきた頃、宿を出て川の上流にあるつぼ湯に行ってみた。
こちらは予約制なので、利用するにはまず公衆浴場近くの券売機で入浴券を購入し、受付で番号札を受け取る必要がある。
20時過ぎということで旅館で夕食を取っている人が多かったのか、この時は待ち無しでそのまま入ることができた。
受け取った番号札を扉の横に掛けて、はやる気持ちを抑えながら湯小屋の中へ。
石段を下りた先にあるのは、一畳ほどの脱衣所と洗い場、そして湯つぼのみだ。
試しに手を入れてみるとなかなかの熱さ。それにしても、なんとも言えないような深い青色をたたえており美しい。
湯つぼの底には砂利が敷かれていて、見た目よりもやや深さがある。
足を延ばしながら立ち上ってくる硫黄の香りに包まれていると、まるで一日の疲れが溶け出していくようだった。
30分の時間制限があるのでゆっくりはできないが、嗚呼ここに来てよかったと、本当にしみじみと感じ入ってしまう至福の時間となった。
部屋に戻ってからは、夕方に売店で買っておいたこちらの熊野三山を飲みながらゆっくりと。
何の気なしに買った銘柄だったが、その土地で飲む地酒はやはり旨い。
ところで、湯の峰温泉の夜はじつに静かである。
喧騒とかけ離れたこの地で時たま聞こえてくるのは、他の宿泊者が廊下を渡る音くらいだ。
外の虫の声に身をゆだねて布団でうつらうつらしている内、この日はいつのまにかぐっすりと床についていた。
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翌朝は早く目が覚めた。
体も軽く、雨も降っていないようだったので、再び歩いてつぼ湯へと行ってみることに。
この時も昨夜同様待ちなしで入ることができた。しかも、今回は一番風呂である。
連休や土日だと受付後から数時間待つこともあるようだから、この辺りは閑散期の良さといったところか。
それにしても本当に川スレスレに立っている湯小屋だ。
なお見た目から察せられるとおり、大雨などで川が増水した際は当然ながら利用不可となる。
滑らないように石段を慎重に降りて湯つぼへ。なんだか昨日よりもかなり白濁している。
つぼ湯は一日に七度も色を変えると言われる。
光の加減も多少は有るかもしれないが、この時はまさに硫黄泉といった感じの、白く美しい濁り湯だった。
ただ先客がおらず加水がされていない分、当然そこにあるのは入るのが困難なほどの熱湯である(笑)
時間制限があるので、レバーをひねって速攻で加水開始。パイプからの水の勢いが強いので助かる。
この間やや手持ち無沙汰なので、壁に掛かっている小栗判官物語の逸話を読むことにする。
曰く、地獄に落とされ餓鬼に変えられた小栗判官が、つぼ湯での49日間の湯治を経て元の姿に戻ったという伝承が残されているとの事。
これが史実であるかどうかという点はさておき、太古の昔より人々がこのつぼ湯で同じように心身を癒してきたのかと思うと、なんだか感慨深くなってしまう。
加水して入れる温度にはなったが、一番風呂なのでやっぱり昨日よりも熱い。
しかし、朝からこんなに贅沢なお風呂を頂いてしまってよいものか。
熱めのお湯でシャキッとしてから、その足で宿のお風呂へもハシゴをした。
くらやはお風呂が本館の建物と別になっており、川沿いに少し降りた小屋の中にある。
浴室にはシャワー付きの洗い場が一つと、シンプルな檜の浴槽のみ。
24時間入浴可能で、貸切利用もできるそうだ。
こちらのお湯はほぼ透明だが、かすかに硫黄の香りも感じられた。
つぼ湯ほどではないがここも熱めのお湯で、湯上りには爽快感が残った。
宿に戻って朝ごはんを頂く。
場所は昨夜と同じ一階のお部屋にて。こちらも正しい和朝食という感じで美味しかった。
くらやの角部屋から湯の峰温泉街を一望する
食後は特にやることも無かったので、チェックアウトの時間まで部屋でゆっくり。
雨も降っていなかったので、窓を開けて景色を楽しむ。
くらやは全四室の小さな民宿だが、実はそのうち一部屋だけが角部屋となっている。
そしてこの角部屋の自慢が、なんといっても温泉街を一望する部屋からのこの景色。
夜は小さい羽虫が部屋に入るので開けなかったが、日中には気兼ねなく全開にできる。
角部屋は他の部屋とは別プランになっているのだが、料金もそこまで変わらなかったので迷うことなくこちらに決めた。
縁側で座っていると、風がほのかに感じられてとても心地が良い。
夏なら流石に暑かっただろうし、緑を愛でながら景色を楽しめるというのはこの梅雨の時期ならではのメリットかもしれない。
チェックアウト後はバスまで少し時間があったので、適当に散策をしたり、川を眺めたりして過ごした。
それにしても、本当に静かで心が休まる素敵な温泉街だったなあ。
観光としての見所はほぼ無いに等しいが、渓流や山間の風景、そして極上の温泉といった魅力的な要素が、ここには凝縮されているように思う。
ただ飲食店や売店の数はどうしても少なめなので、好みの宿を見つけた後は食事付きのプランで申し込んでおくのが無難である。
湯の峰温泉に訪れた際にはぜひどこかで宿泊をして、古来より続く山深き湯治場の風情を心ゆくまで堪能してほしい。
それでは。