玄の散歩帖

温泉、レトロ、写真など好きなものごった煮ブログ

長野県 望月宿・井出野屋旅館宿泊記 ~犬神家の足跡を訪ねて~

 

長野県佐久市望月宿ー中山道のかつての宿場町にあたるその一帯には、往時の繁栄を偲ばせる古びた建物がいまも多く残されている。昨年末に宿泊した井出野屋旅館はその中でも別格の存在感を誇る三階建ての旅籠で、映画『犬神家の一族』で金田一耕助が滞在した「那須ホテル」のロケ地となったことでも有名である。

 

今回の旅ではその井出野屋旅館での滞在をメインとしつつ、犬神家の劇中で登場した他のロケ地や近郊の素晴らしい温泉も堪能できたので、ここに旅行記として残しておこうと思う。

 

きっかけは角川映画

 (C) KADOKAWA 1976 / 犬神家の一族 より

話は変わるが、自分は小さい頃から本を読むのが好きな子供だった。

 

特に学校の休み時間には国内外の推理小説を読みふけるのが日課となっており、その中でも特に好んでいたのが江戸川乱歩横溝正史であった。

内容については流石に全部は理解できていなかったと思うのだが、それらの作品を包み込んでいる妖しくもどこか耽美な世界観には子供ながらもぐいぐいと引き込まれてしまったものである。

 

その後高校、大学生になってからは何やかんやでしばらく活字と離れてしまっていたのだが、社会人になって仕事が落ち着いてくると再び乱歩・正史熱が復活。

手放してしまった全集などを再び蒐集しそれらを読み直す日々を送っていたところ、きわめてタイムリーに遭遇したのがこちらの角川映画祭というイベントである。

cinemakadokawa.jp

こちらは往時の角川映画の名作を選りすぐり、4K修復したものを全国のミニシアターで順次上映してくという催しなのだが、犬神家は当然その第一弾として登場した。

 

新宿の劇場で早速これを鑑賞したところ、これがまた素晴らしい出来で、内容については言わずもがな何よりその映像美に改めて心を奪われてしまった。

 

4K化されたことで劇中における建物の質感や色味がベールを取ったようにクリアになっており、劇中の空気や匂いさえも感じられるように思ったほどだ。

 

この時までに那須ホテルのロケ地となった井出野屋旅館のことは知っておりいつか行きたい位に思っていたのだが、これを観たことですぐに行かねばならぬと考えが変わり、急きょ長野行きの旅程を組むことになったのである。

 

 

***

 

 

劇中では信州の片田舎の旅館として登場した井出野屋だが、そのアクセスは現在でもあまり良いとは言えない。

 

一応JRの佐久平駅が最寄りにはなるのだが、旅館まではそこから約10kmの距離があるため徒歩で行くのはかなり厳しい。そのため車移動でない場合は、そこからローカルバスに乗り換えて20分ほどの所にあるバス停「望月」で下車して宿まで向かう必要がある。

 

今回は幸いにも宿の方のご厚意で駅からの送迎をして頂けたのだが、基本的には電車とバスの接続など事前に下調べをしてから行くべきである。

 

佐久平駅で物腰柔らかな女将さんと合流した後は、ロケ地巡りでこちらに来たことなどを話しながら、車に揺られて望月宿へ。

古びた建物が立ち並ぶ街道沿いの通りに入ったと感じたのも束の間、気づけば映画で何度も見たあの建物が目の前に。

 

とうとう『那須ホテル』に来てしまった!

 (C) KADOKAWA 1976 / 犬神家の一族 より

柱に書いてある電話十六番の標識は、かつて電話がそれほど一般に普及していなかった頃こちらの旅館に割り当てられた電話番号だそう。

 

創業が大正初期にまで遡ることもあって、やはりそこかしこから伊達ではない歴史の重みが感じられる。

 

 

いざ、木枠のガラス戸を引いて館内へ。入ったところも劇中そのままの景色で感動。

(C) KADOKAWA 1976 / 犬神家の一族 より 

置物や家具がごちゃごちゃと雑多に置いてある感じもポイントが高い。

あれ、奥に見えるのはもしかして...

 

劇中で坂口良子扮する女中・おはるがスリッパを取りだした靴箱も!

(C) KADOKAWA 1976 / 犬神家の一族 より

どっちを向いても興奮してしまうw

 

向かって正面には2階の客室へ続くつやつやと黒光りした階段が延びている。

なお左手にある部屋は宿の方々の生活スペースなので注意。

 

 

1階と2階を結ぶ階段は不思議な構造をしており、右側が玄関(道路)側・左側が大浴場(奥)側へと続いている。

 

2階の奥側から道路側方面を望む。

階段の傍らには、これまた年代物のマリリン・モンローのポスターが。

 

今回泊まったのは、2階の道路側に面した角部屋だった。

 

井出野屋は昔ながらの旅籠のため各部屋にカギ等はついておらず、廊下と自室を隔てるものは文字通り障子一枚のみである。

 

今回は宿泊客が自分だけだったので、だからどうということも無かったのだが。

 

頭上に掛かっているサインたちも気になるが、とりあえず部屋の中へ入ってみる。

 

障子の向こう側にも、期待を裏切らない犬神家ワールドが続いていた。

そうそう、これこれ。こういうのが良いのですよ。

 

部屋は二間続きの和室となっており、一人で使うにはもったいないほどの広さだった。

 

また訪問時は冬だったのだが、部屋には灯油ファンヒーターと電気毛布が備え付けられていたので寒さに凍えることは無かった。

 

 

 

今回は素泊まりなので外で食事を取らなければいけないのだが、さっぱりしたかったこともあり先にお風呂をいただくことに。ちなみに大浴場は宿に1つの貸切制だ。

 

 廊下があまりにも素晴らしいので、移動の度に写真を撮ってしまう(笑)

大浴場は1階の奥側突き当りにあり、入口には昔ながらの暖簾がかかっている。

 

脱衣所。スリッパは脱ぎましょう。

 

旅籠の雰囲気溢れる館内で、浴槽だけ妙に現代的な気が...(笑)

 

まあ、細かいことは気にしてはいけない。

とりあえず持ってきた那須ホテルタオ(冒頭で述べた角川映画祭で買った)を広げて記念撮影をしたのち、しっぽりと汗を流した。

 

 

***

 

 

絶妙な湯加減のお湯でゆっくりした後は、近所の散歩もかねて夕食を取りに出掛けた。

 

店についてはあまりきちんと調べていなかったので、宿のご主人のおススメに従いすぐ近くにある洋食屋ラ・フェスタ に決定。

 

こちらの店は店内の様子が外からあまり見えないようになっているのだが、中に入ってみると天井が高く洗練された内装にまず驚いた。

広さ自体はそこまでないものの、隠れ家風の雰囲気でなかなか居心地も良い感じだ。

 

メニューはどれもおいしそうなものばかりで非常に迷ったが、ここは無難にハンバーグのセットを頼むことにした。

 

ほどなくして出てきたハンバーグ。さっそく一切れ口に運んでみる。

 

 

うん、これは...アタリだわ。

 

デミグラスソースの絡んだふわふわのハンバーグは期待通りの美味しさで、お腹も空いていたのであっというまに全部平らげてしまった。付け合わせやワインとの相性も抜群だ。

 

ハンバーグを完食しきると、空腹も落ち着いたので晩酌モードへ移行。

 

メニューを見ていくと、コース以外にもアラカルト的な一品のおつまみがそこそこ充実していることに気づく。ひとり飲みにも向いている店かもしれない。

 

今回は旅行中に一度は地酒が飲みたいと思っていたので、職場の人におススメしてもらった日本酒 御園竹(みそのたけ)と、たこの唐揚げを注文。お酒はぬる燗で頼んだのだが、辛口で飲みやすい食中酒という感じで、これも好みだったからついつい飲みすぎてしまった。ごちそうさまでした。

 

帰り際には、通り道にあった和菓子屋さんで名物の最中を購入。

辺りにはコンビニも無かったので、宿での夜食用に確保しておいた。

 

井出野屋旅館の外観。暗くなってもやはり周囲とは一線を画する存在感である。

 

ちょうどこんな風に暗くなった頃、劇中ではあの怪しすぎる復員兵姿の男横溝正史扮する那須ホテルの主人の前に登場するのである。たしかにこれだけ味のある外観だしついつい入りたくなる気持ちは分かる(笑)



ぎしぎしと軋みやすい廊下の音に気をつけながら、2階の自室へと戻る。

 

...はずだったのだが、案の定ここでも足を止められて写真を撮ってしまう。

 

夜の静寂に包まれた井出野屋はその魅力をいっそう増して、訪れた人に時代を超えタイムスリップをしたかのような錯覚を与えてくれる。

 

うーん、本当に素晴らしい...!!

ここまで見事な黒光りはなかなか見られるものではない。

 

ひととおり写真を撮って落ち着いたので、部屋で先程の戦利品を味わう。

大きいほうが天来(てんらい)最中で、小さいほうが小琴(しょうきん)最中。

佐久市の高名な書道家夫妻の名に因んだ逸品だが、どちらもまろやかで優しい味がした。

 

その後は読みかけの推理小説(なぜか横溝正史ではないやつ)をしばらく布団で読んだりしていたが、酔いが回ってきたのか?いつの間にかぐっすりと眠ってしまっていた。

 

特に印象的な夢を見ることなく、ひたすらよく眠れたことは覚えている(笑)

 

 

***

 

 

翌朝、懲りずに再度の館内散策へ。

障子を開けて、部屋から廊下側を眺めてみる。やっぱり広いなぁ。

 

 

 

ちなみに劇中では那須ホテルは眼下に湖を望む湖畔の宿という設定だったが、実際には井出野屋旅館の周囲に湖は存在せず、外にはこのような宿場町の風景が広がっている。

 (C) KADOKAWA 1976 / 犬神家の一族 より

これについて調べたところ、劇中の湖は長野県北部にある青木湖にて別撮りされたものであるとわかった。旅館の部屋から窓越しに湖が見えるシーンは、その景色を合成して撮影されたものだ。

なので、窓際の欄干に寄り掛かりながら『国破れて山河在り、か。』のくだりをやろうと思っていた御仁に関しては、その点だけ留意されたしw

 (C) KADOKAWA 1976 / 犬神家の一族 より

  こちらが実際の青木湖の写真。県下有数の透明度を誇るという美しい湖である。

まあ舞台設定通りの"湖を望める古びた旅館"というものは当時でも中々見つからなかったのかもしれないし、あるいは別撮りをしてでも使いたいほど、市川崑が井出野屋旅館のことをを気に入ったということかもしれない。

 

そんなつれづれに思いを巡らせながら徘徊を続ける。

 

 

正面に飾られていたのは、横溝正史本人によるサイン色紙。

 

石坂浩二坂口良子の連名でのサインもあった。

 

夜の静けさに包まれた廊下の雰囲気も好きだが、日中の光が差し込む感じもこれまた乙なものである。

 

 

 

2階から階段を下りて奥のほうにある洗面所へ。

こちらは劇中序盤で法律事務所職員・若林の毒殺死体が発見された現場である。普通に使ってしまいましたが(笑)

金田一『死んでる…』

 (C) KADOKAWA 1976 / 犬神家の一族 より

なお、現在ではこのように普通の洗面台も隣に設置されている。

古いものを残しつつ、利便性も配慮されているところが素晴らしい。

 

チェックアウトの時間も近づいてきたので、荷物をまとめて玄関へ。

最後に広い土間をうろつきながら写真を撮る。

このレトロなガラス戸ともお別れである。

 

帰りはまたまたご厚意で小諸駅まで送って頂けるとのことだったので、お言葉に甘えて車に乗せてもらう。

 

井出野屋旅館はその文化財級の建築自体はもちろんのこと、ご夫婦の素朴ながらも暖かみを感じるおもてなしが特に印象的な宿だった。

 

今回は素泊まりだったが、次回行くときにはぜひ食事も付けて2食付きで泊まろうと思う。レビューによると食事には長野の地物がふんだんに使われており、しかもそれらをなんとお部屋にて頂けるというのである。きっと素晴らしい体験になるに違いない。

 

硫黄の香るエメラルドグリーンの名湯・戸倉観世温泉

 

小諸駅からローカル線で揺られること30分少々。

 

青空の広がるすがすがしい天気の下到着したのは、しなの鉄道線戸倉駅だ。

観光という言葉がおよそ似つかわしくないこちらの駅で下車した理由は、この旅のもう一つの目的である、とある温泉へ行くためである。

 

千曲川の両岸に跨る戸倉上山田(とぐらかみやまだ)温泉は、古来より善行寺参りでの精進落としの湯としてその名を知られていた温泉郷だ。

 

といっても草津伊香保のようにいわゆる温泉街が広がっているわけではなく、ひなびた雰囲気の市街地に共同浴場がポツンポツンと点在する、どちらかといえば通好みな雰囲気の場所である。

 

そしてそういった場所では得てして良質のお湯が湧いていることが多いのだが、今回訪れた戸倉観世(とぐらかんぜ)温泉はこちらの温泉郷でも随一の泉質を誇る、温泉マニア絶賛の名湯である。

 

まずは駅前にある味わい深いゲートをくぐって、温泉郷の中心部へ向かう。

のっけからパンチの効いたひなび具合での歓迎w

 

リバーシブルな昭和遺産アーチ

戸倉駅から川沿いを歩いて20分ほど歩き、やや細めの路地を抜けたところで目的の戸倉観世温泉に到着。外観は比較的新しめで、平日の昼間であるにも関わらず駐車場には結構な数の車がすでに停まっていた。

 戸倉観世温泉・公式HPより

中に入って券売機でチケットを購入する仕組みなのだが、入湯料は驚きの300円!

購入したチケットは浴場入口で番頭台の女将さんに渡す昔ながらのやり方で、別途で石けんやタオルなどを買った場合もここで受渡しをする。

 

浴場内では中央に大きな浴槽と、その両脇に洗い場が一列に並んでいるのだが、まず目を引かれるのがエメラルドグリーンに輝く美しいお湯の色である。

戸倉観世温泉・公式HPより 

日によって若干色が変わったりするようだが、自分が行ったときはちょうど画像のような透明感のあるグリーンという感じだった。そんなお湯が適温で、しかも源泉かけ流しで絶えず浴槽からオーバーフローしているという極楽っぷりなのだ。

 

また泉質はアルカリ性単純硫黄泉で、鼻に抜ける温泉らしい卵臭を感じながらトロトロの浴感を楽しむことができるのもポイントだ。もし近所にあれば間違いなく通っているであろう素晴らしい温泉である。ああ、近隣住民の方々が羨ましい...

 

 

しばらくして風呂から上がるとなんだか体が軽くなったような感じで、爽やかな気分で帰途につくことができた。以下、帰り道に撮った千曲川沿いの風景。

 川の対岸の山上に見えた看板とお寺

 

戸倉駅に着いてからは再びしなの鉄道線に乗って、最後にちょっとした寄り道をするために上田駅まで向かった。この旅最後の目的地である。

 

犬神家の一族金田一初登場シーンのロケ地へ

犬神家の一族の数ある名シーンのうち個人的に強く印象に残っているのが、劇中冒頭での金田一初登場シーンである。信州の雄大な山並みを背景に、古びた建物が立ち並ぶ街道沿いを金田一が歩いてくるあの有名な場面だ。

 

長野県内には当然これ以外にも多くの魅力的なロケ地が点在しているのだが、いかんせんそれぞれの距離が離れているため、短い旅程でそれらすべてを回るのは不可能だ。

 

そのため今回の旅では訪れるロケ地を井出野屋旅館ともう一か所程度に絞る必要が生じ、その時にまず頭に浮かんだのがオープニングから続くあのシーンであった。

 

ちなみにロケが行われた場所は上田駅の比較的近く、常田にある旧北国街道沿いの道である。

 

山の稜線が特徴的なのと、突き当りの建物が一部現存しているのでわりかしすぐにロケ地の場所にはたどり着くことができた。

近づいたり遠ざかったりしながら、なんとかベストに近い位置を割り出そうと試みる。角度によって見え方が結構変わってくるから難しい。

 

スマホで画像検索をしたものと見比べたりして、試行錯誤をしばらく続けた。

 

 

そしてついに... 

(C) KADOKAWA 1976 / 犬神家の一族 より

べスポジを発見‼

 

周囲の建物が当時とかなり変わっているので全く同じというわけにはいかなかったものの、劇中の例のアングルをそこそこ再現することができたように思う。

 

他のロケ地でもこれくらい面影が残っていれば回り甲斐があるというものだが、果して。

 

 

そんなことをぐるぐる考えながら、一仕事やりきったような充実感に包まれて上田駅を後にしたのであった。

 

 

***

 

 

これにて1泊2日の犬神家ロケ地(&温泉)巡りの旅は終わりである。

 

本当はもっと色々とロケ地を回りたかったのだが、いかんせん急にこしらえた旅行だけに十分な休みが取れず、満足な旅程を組むことができなかった。

全体を通してそこそこの密度で楽しめたものの、その点だけが心残りである。

 

もし次に行くなら、那須神社や青木湖など遠めのロケ地も組み込んだ上で、やっぱり井出野屋旅館で部屋食をいただきながら作品の世界をさらに堪能したい。

 

そしてその際には犬神家の一族・ロケ地巡り完全版()とでも銘打って、また懲りずに旅行記を書こうと思います(笑)

 

 

それでは。