2021年11月、熱海のシンボルともいえる老舗ホテル、ニューアカオの閉館が突如発表された。
コロナ禍による客足の遠のきから同年夏以降ニューアカオは休業が続いていたのだが、設備面の老朽化なども相まって、この度正式に閉館が決定したのだとか。
いつか泊まってみたいとぼんやり考えていた場所だったこともあり、この唐突な閉館発表には少なからずショックを受けたのだが、その後幸運にも閉館後のニューアカオを見学できるチャンスに恵まれることになる。
それがこの度参加をした美術イベント ATAMI ART GRANTである。
このイベントは一言でいえばニューアカオを会場とした現代美術展覧会で、
来館者は広大なホテル内を歩き回りながら、若手アーティストらにより様々な趣向が凝らされた作品群を楽しむことができるようになっている。
ハッキリ言って自分は現代美術に関しては極めて無知であり門外漢なのだが(汗)
閉館後のホテル内を比較的自由に、かつ無料で散策できる機会とあって迷わず参加を決めた次第である。
従って本記事ではアーティストの作品に対する個別の批評等はなるべく避けて、あくまでホテル館内の写真を中心として参加時の模様を紹介していこうと思う。
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12月中旬のやや肌寒い日の朝、熱海駅前のロータリーでは、すでに会場行きの送迎バスを待つ多くの参加者たちが列をなしていた。
ATAMI ART GRANTは参加費が無料であるだけでなく、駅から会場までのアクセスにもアカオの無料送迎バスを利用できるという非常に太っ腹なイベントなのである。
自分は11時の開場に合わせて10:40の熱海駅発の便に乗車をしたのだが、
この時点では乗降もスムーズに行われ、思っていたほどの混雑は感じなかった。
しかしいざ会場に到着してみると...
受付前にはすでにそこそこの行列が(汗)
正直平日の午前中なのでそこまで人も居ないんじゃないかと高を括っていたのだが、改めてニューアカオ閉館に対する反響の大きさに驚かされたものである。
ちなみにホテルニューアカオは現在ACAO SPA & RESORTとして社名変更されており、上の写真のロイヤルウイング棟(閉館となるニューアカオ棟とは異なる)は現在も営業中で宿泊することも可能だ。
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列に並び始めてから約30分後、受付で簡単な説明を受けてから、いよいよ順路に沿って館内を進んでいくことになる。
最初に感じたのは、全体的に案内が控えめでルートがやや分かり辛いという事。
入口でパンフレットの配布はあるものの、館内には順路を示す案内等はほとんど設置されておらず、正しいルートで進めているのか不安になる箇所もいくつかあったほど(コンセプト的にあえて狙ってやっていたのかもしれないけど)。
自分の場合はむしろそのおかげで探索をしている感が一層盛り上がり、楽しむことができたので良かったと思っているが。
そういった中、ロイヤルウイングから通路を経てニューアカオ側に着いたと思われた折に突如として開放感のある、それでいて厳かな内装の大広間が眼前に現れた。
アカオを代表する海の上のダンスホール、サロン・ド・錦鱗である。
天井から吊り下がるクラシカルなシャンデリア、
周縁部に立ち並ぶ青を基調とした大理石の列柱の連なり、
紺碧の海を背景にホールを包み込んでいる華やかなドレープカーテン。。
まさにバブル時代の栄華を体現したような豪奢な内装に思わず魅入ってしまう。
この時は幸い人が少なめで、室内を一周しながらゆっくりと写真を撮ることができた。
ホールを取り囲んでいる列柱はブルーを基調とした大理石で、マーブル模様の素敵な紋様が特徴的だ。
熱海の街方面を望む。
ちなみに現役時にこちらのホールはダンスをはじめとしたイベントに使われていたほか、時間帯によってバーやカフェといった形でも使用されていたそうだ。
晴れた日にここから海を眺めての1杯は、きっと格別だったに違いない。
天井のシャンデリアはその大小に関わらず緻密な装飾が凝らされており、文字通り宝石が散りばめられたような美しさ。
またとりわけ印象的だったのが、このホール外周部に沿って広がるいくつもの”青”が織りなす空間である。
天井からカーテン、絨毯に至るまでの全ての要素が互いに邪魔をせず調和しており、それらが熱海の海を借景としたダイナミックな景観を形作っている。
誰もいなくなったところを1枚。
その会場の広さ故に、気づけば自分しかいない瞬間が思いがけず訪れるということが幾度かあった。
この時点で既に来てよかったと心から思えるほど満足感を感じていたのだが、まだまだ見所は残っているのでとりあえず先へ進むことにする。
ダンスホールを出てからすぐ手前にある、ロビーへと続く階段。
その脇にある、控えめながらもユニークで面白い装飾のシャンデリア。
階段を登りきったところで、最上階に位置するホテルのフロントロビーへと出る。
アカオは文字通り、崖沿いに建っているホテルである。
宿泊客は17Fのフロントでチェックインした後、海に向かって降りていく不思議な動線を辿って、客室やレストランを目指していくことになる。
右手に見える売店のような場所は実は展示の一つであり、当時の写真やグッズなどがショーケースに飾られていた。
ロビーを抜けて奥に進んで行ったところで、これまた魅力的な場所を発見。
海を背景に煌びやかなシャンデリアとドレープカーテンが静かに佇む様子は、まさに昭和を代表するレトロホテルの瀟洒な雰囲気を感じさせてくれる。
本当にタイムスリップをしたような景色にひたすら感動。
ロビーを出た所にあるバルコニー(?)から、ニューアカオを代表する角度の1枚を。
こうしてみると、ホテルというより海に浮かぶ巨大な客船のように見える。
上層階部分を一通り堪能したので、次は当時の宿泊客のように海に向かってアカオの深部を目指していく。
エレベーターで一気に2Fまで降りて、トンネルのような廊下を通ってその先へ。
廊下が突き当たったところで、いよいよアカオが誇る巨大シアターレストラン、メインダイニング錦に到着。
こちらのダイニングホールは実に2000平米もの広さを誇る巨大なシアター型レストランで、当時の宿泊客はここで食事を味わいながら、さまざまな趣向の凝ったショーを連夜楽しんでいたようだ。
半円状のホールの周囲にはそれを縁取るように廊下(通路)が広がっているのだが、それがまあなんともクラシックな雰囲気で魅力的。
内部の装飾はローマ宮殿を模して造られたとの事だが、その華やかさと会場のひと気の無さがなんとなくアンマッチな感じで、不思議な哀愁が漂っていた。
ひとしきり散策したところで、近頃はめっきり見なくなった純喫茶風の赤ソファーに腰を下ろして休憩を取る。ふかふかでとても座り心地が良い。
またホール内では海の音を思わせる不穏なBGMが(アーティストによる展示の一環として)絶えず流されていたのだが、それが意外にもこの独特な雰囲気の空間と上手くマッチしており、不思議と心地の良さを感じてしまったのを憶えている。
個人的には、今回の展示の中ではこの場所のものが一番印象に残った。
がらんどうとしたホテルの中に、無人の椅子たちが整然と並べられている状況。
その美しくもどこか不気味な様子は、洋画 シャイニングの1シーンを思い出させるようだった。
メインダイニング錦を出て近くにある階段を上ると、外へ出られる箇所を発見した。
植生に覆われて、目前に迫ってくるダイナミックな岩壁。
海が荒れていたら怖いくらいの迫力があったと思う。
これもおそらく今回の展示の一環だったと思うが、詳細は失念してしまった。。。
ふたたび館内へ戻り、さらに階下へと降りていく。
特に案内などは見当たらないが、ここは当時の売店だろうか?
そう思ってなんの気なしに中を覗いてみると…
かつてのスタッフによる手描きの商品ポップらしきものを発見!(歓喜)
仲間内でワイワイ言いながらこういったものを作ったりしてたんだろうか。
想像するだけでなんというか...エモすぎる光景だなぁ…
予想外の伏兵の登場に少し涙腺を緩められてしまったが(笑)
さらにアカオの最深部を目指し順路を進んでいく。
まさに曲線美といった具合の螺旋階段の唐突な出現に、鼻血が出そうになった。
まったく油断も隙もない。
ここまで下りると、海がほとんど目線の高さにまで近くなってきたのを感じる。
アカオには何かの記念日やお祝いで来るグループも多かっただろうから、ここでドレスを着て記念撮影をするお客さんも結構いたのかもしれない。
こちらは順路の脇の目立たない所にあったのだが、往時のゲームセンターの夢の跡。
立ち入り禁止となっており遊ぶことはできなかったが、クレーンゲームなどその多くが昔のまま残されており、当時の宿泊客が楽しんでいる様子を偲ぶのには十分だった。
大人向けの遊技機が並んでいる。
これはさすがに展示の一環か...!?(取れるわけないやろww)
懐かしのけろっぴも。コレはちょっとやってみたかったかな...
ゲームコーナー跡を抜けたさらに先、通路の突き当りにあったのがこちらのカパルア・プールの展示。
子供たちで賑わっていた往時の雰囲気とは対照的に、スクリーンには植物をイメージした映像が静かなBGMにのって流れ続けていた。
なんとなく落ち着く空間のためか、ここではプールサイドのチェアに横たわってゆっくりしている人の姿もチラホラ。
またカパルア・プールの部屋は壁にたくさんの窓があり、そのうちの1つが開けられるようになっていたのだが、そこはアカオの全容を仰ぎ見ることのできるまさにベストビュースポットになっていた。
これだけの設備を持つニューアカオがホテルとしての役目を終えてしまうというのは残念極まりない事であるが、それだけコロナが社会、とりわけ観光業に与えた打撃は大きかったということだろう。
また設備的な面からいっても、こういった昭和バブル期の建築群は今後ますます老朽化が進むと思われ、それに伴って閉業を余儀なくされるケースも増えていくだろうから、行きたいところには早めに行っておく必要があると改めて感じた。
これ以外にもまだ見ていない展示が若干残ってたのだが、すでに十二分に満足していたし、午後になって混雑もしてきたので入口のロイヤルウイングへ戻ることにした。
その途中、アカオグッズを購入するため売店に立ち寄ったのだが、売り切れてしまっていたのか(?)残念ながらグッズはほとんど残っていなかった。もう少し早い日程で来ていれば色々とあったのかな?それでもショーケースに残っていた最後の1点のロゴ入りボールペンは購入することができたので満足。
戦利品もなんとか確保できたところで、ロイヤルウイング前から駅に戻る送迎バスに乗車。後ろ髪をひかれつつも、いよいよニューアカオを後にすることになった。
***
送迎バスで熱海駅に戻った後は、歩き回った疲れを癒すため、かねてから気になっていた熱海最古の温泉旅館・竜宮閣へ向かった。
竜宮閣は駅から商店街を通ってほんの数分のところに位置する温泉旅館で、日帰り客も30分の貸切制でその温泉を利用することができる。
最初に受付で料金を払ってから、歴史を感じさせる年季の入った階段を降りて、建物の地下にある浴場へ。そして扉を開けてみると...
このタイル張りの素敵な浴室が広がっているのである。
壁にある竜宮城を描いたタイルがひときわ目を引いて、全体に漂うひなび感と相まってマニアにはたまらない雰囲気だ。
床一面に広がる幾何学模様のタイルも見逃せない。
エッシャーの版画に出てくるようなレトロなデザインが非常にユニークである。
ん~、どこから見てもやっぱり素晴らしいの一言。
ちなみに泉質はカルシウムーナトリウムー塩化物泉で、やや熱めだがしゃきっとした気持ちのいいお湯。
入っているとすぐに体が温まってきて、訪問した冬の時期には最高だった。
30分制なので写真など撮っているとあまりゆっくりはできないのだが、アカオでの様子を振り返りながら極上の湯に包まれる時間は、何物にも代えがたい至福であった。
なおニューアカオは宿泊施設としての営業は終了するものの、建物としては取り壊されずに残るようで、今後はイベントの会場としての活用等が検討されているようだ。
今回は日中の訪問だったので、もしそういったイベントに参加する機会があれば、夕方から夜にかけてのアカオの姿というものもぜひ見てみたい。
ただそういった機会やイベントといったものは得てして気がつくと終わってしまっていることが多いので、それらを逃さないために今後もネットやTwitterでの情報収集は続けていこうと思う。
今後1か所でも多く、閉業が決まる前に色々な場所を訪れたいと思っているので。
とりあえず、この辺りで21年冬のニューアカオ見学レポは締めようと思います。
それでは。